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中学生のいじめと自殺
メンタルクリニックを初めて訪れる患者さんの気持ち
  患者さんが訴える悩みはさまざま
  わたしが診察室でしていること  精神科の特徴〜身体科との比較で
  
精神科医は患者さんから多くを学びます

 中学生のいじめと自殺
最近,マスコミをにぎわせ,学校現場を右往左往させているのが「いじめ」と「自殺」です.
しかし,健康な人間は,自殺を考えないものです.
自殺を考えるとしたら,それは統合失調症の状態にあると考えなければなりません.
※ ここでいう「統合失調症」とは,一般に言われる統合失調症ではなくて,「抗精神病薬」という幻覚妄想などを治療する薬がとてもよく効く病気を指します.
※ ちなみに,うつ病(ここでは「抗うつ薬」がとてもよく効く病気を指します)では,「消えてなくなりたい」「逃げ出したい」という気持ちはおこりません.したがって,「自殺」はしません.
一般的にも,また,専門家の間でも,このへんの勘違いをされている人がまだまだ多いのが実情です.
また,統合失調症では,自分の 「主観」 が現実 (外界からの客観的な情報) と区別がつかなくなっているので, 被害的になっている患者さんは 「いじめられている」 「悪口を言われている」 などと考えてしまいます.たとえそのような事実がなくても,です.
ですから,「いじめられて自殺しました」という遺書の内容を鵜呑みにして, 「誰がいじめたのだ」 などと犯人探しをはじめるには,十分な注意が必要になります.

政府もどこやらの都知事も,性急な発言や対応は慎まなければなりません.
そして何よりも, 専門家である精神科医が, この事実を知り, 有効な助言を行っていかなければなりません.
  
昔から,子供たちはお互いにいじめ,いじめられ,でもまた仲直りして,対人関係を練習していきます. そして,大人になっていきます. もっとも大人の世界にも 「いじめ」 はあります.でも,練習できている子供はたいていの 「いじめ」 にうまく対応していけます.
陰湿ないじめは,対人関係が下手な子に多いものです. また,一方的にいじめられる子は,家庭で親にいじめられている場合が多く, そのような親は他罰的で,自分の責任を認めず, 学校が悪いなどと責めたてます.
もう一種類の 「いじめられっ子」 は,統合失調症の子供です. この場合の 「いじめ」 は他人には発見されません.発見は不可能なのです. なぜなら,この場合の 「いじめ」 はその子の被害的な 「主観」 の産物だからです.すなわち, 「被害妄想」 です.
また,この種の 「いじめ」 とともに 統合失調症 にとって特徴的なのが, 「自殺」 です.消滅願望 (希死念慮) が 統合失調症では ほぼ必発です. 
「いじめ」 によって 「自殺」 する,というのは 統合失調症にとっては とても一般的な組み合わせといえるでしょう. 


 メンタルクリニックを初めておとずれる患者さんの気持ち。

クリニックを初めて訪れるとき、患者さんは多かれ少なかれ不安をいだき緊張もしています。
開口一番に 「思いきって来てみたのです」 と言われる患者さんも少なくありません。初めてメンタルクリニック(精神科・心療内科)を受診するとき、患者さんには決意と努力が要ります。「自分が心の病気にかかってしまったのだろうか」、「精神的におかしくなってしまったのだろうか」などと思い悩み、親や配偶者にも知られないように、やっとの思いで受診される方も少なくありません。まず初めに家族だけが相談に来られることもありますが、気持ちは同じようです。
「自分の悩みやつらい症状を医師にうまく伝えられるだろうか」、「そもそもちゃんと聴いてもらえるのだろうか」、「わたしのこんな突飛な症状をちゃんと信じてもらえるだろうか」、「うまく説明できるだろうか」など、多くの不安を抱えています。

また、クリニックの医師をはじめとするスタッフにも初めて会うわけですし、どんな雰囲気のところなのか気になりますし、 「何でそんなことくらいでわざわざ診察を受けに来たのだ」 と叱られるのではないかなどということまで心配されて受診される方も中にはいます。
ですから、わたしたちクリニックのスタッフは、患者さんにできるだけリラックスしていただいて、安心感をもって診察を受けていただきたいと思っています。プライバシーの保護はどの診療科でも同じですが、精神科ではとくに気配りしています。
当クリニックでの一例を挙げますと、たとえば、スタッフは胸にネームプレートをつけているだけで、みな私服で勤務しています。白衣を着用することによって、わたしは医者なのです、わたしは看護師なのです、わたしは臨床心理士(カウンセラー)なのです、などという権威の誇示をしたくありません。そのような 「特別なこと」 をあえてせず、各職種のスタッフがそれぞれに自信をもって働いています。白衣を着なくてもプロ意識をもって働けば、スタッフの誠意は伝わりますし、何か特別な制服を着込まなくても信頼感や安心感を与えることができ、そして、何よりも患者さんにリラックスしてもらえます。また、スタッフ全員の意識が ( 例えば院長のほうを向いているのではなく ) 患者さんのほうを向いているということがとても大切です。

ついでながらにもう一つ、患者さんを「○○様」と呼ぶ病院が増えてきています。しかし、「○○さん」で十分ではないでしょうか。患者さんをあえて見上げるでもなく、見下すでもなく、水平な目線で接することが大事なことだと思います。当クリニックでは、医師も含めてスタッフ同士も同様に水平な目線で話し合い、そのようなチームを組んで働いています。これは結局、ノーマライゼーション(注1)の精神、広い意味でのバリアフリー(注2)の精神ともつながっていると思います。
(注1) ノーマライゼーションnormalizationとは、デンマークのニルス・エリック・バンクミケルセンが提唱した概念で、障害や病気がどんなに重くても、人間には「普通の生活」(ノーマルな生活)をする権利があり、社会にはそれを支える責任があるという考えです。当初は、知的障害者についての考えでしたが、スウェーデンのベンクト・ニーリエが世界中に広めました。障害をもっていても、地域の中でふつうに暮らせるようにしようという思想です。
ノーマライゼーション思想をつきつめていけば、障害のあるなしにかかわらず、地域社会の全員がいわゆる健常者も含めてお互いを尊重し合い、お互いに支え合うようになりますし、それによって、皆が「地域の中で豊かに暮らす」ことができるようになるのではないでしょうか。
(注2) バリアフリーbarrier‐freeとは、もともとは建築用語ですが、現在では、ハンディをもった人の社会参加を困難にしているすべての障壁(バリア)を取り除こう、という意味合いで使われている言葉です。物理的な障壁ばかりではなく、社会的、心理的な障壁も取り除かなければなりません。
障害の種別という概念の垣根も取り払わなければなりませんし、何といっても、障害者を「救いの手を差し伸べるべき存在」という発想こそなくする必要があります。障害も「ひとつの個性」という考えかたが、徐々に浸透してきています。
  
 患者さんが訴える悩みはさまざま。

診察室を初めて訪れる患者さんはさまざまな悩みを抱えており、いろいろな訴えをされます。
患者さんのほうからずばり 「うつ病なのです」、あるいは遠慮がちに 「うつ病だと思うのですが」 と話されることもありますが、そのような患者さんは決して多くはありません。
※もちろん、初診の患者さんは「うつ病」の患者さんばかりではありません。
多くの患者さんは自分なりに、うつ病以外にも、何か別のいろいろな病気を疑って訪れます。インターネットの知識で自分をすでに疾患分類の一つに当てはめていて、それを 「専門家」 に治療してもらいにくる若い方も増えています。けれども、多くの患者さんは、自分がどんな病気なのか、あるいは、病気ではないのかよく分からず、でも、つらい症状がいろいろあって、 「ここに来たら、何とか相談に乗ってもらえるのではないか」、「専門家に悩みを聴いてもらって何か解決策を教えてもらえるのではないか」、あるいは、「つらい症状をとる薬を出してもらえるのではないか」などと、思い悩んだ末に来院します。
それなのに、適切なアドバイスを何一つせず、「あなたは何ともありませんよ」 というような 「医者のお墨付き」 のみを与えて帰してしまう医師、あるいは、「それはあなたの性格の問題です」、「あなたの気の持ちようです」 と宣告し、はねつけてしまう医師が決して少なくありません。

※おそらく、多くのNEETの方たちは、似たような経験をしているのではないでしょうか?
NEETのページでも述べましたが、NEETの多くは統合失調症だと思います。けれども、現在、NEETを統合失調症であると的確に診断できる精神科医は、まだまだ決して多くありません。
そのために、「あなたは病気ではありません」 という 「医者のお墨つき」 をもらうことになってしまい、治療の手段を奪われ、そして、社会からひきこもっていく(すなわち、NEETになっていく)のです。            
ふつう患者さんは医師からの 「太鼓判」 を押してもらいに来院するのではありません。つらい症状、心の悩みなどを何とか解決してくれるのではないだろうか、少しでも楽にしてもらえるのではないだろうか、などという思いで来院するものです。
※くどいようですが、繰り返し述べさせていただきます。
患者さんは、「お墨つき」をもらいにくるのではありません。「太鼓判」を押してもらうためにくるのでもありません。そして何よりも忘れてならないのが、患者さんは、「診断名」をつけてもらいたくてくるのでもないのだということです。
患者さんは、つらい症状を治してもらいたくてくるのです。
くどかったでしょうか? でも、まあ、いいでしょう。とっても大事なことなのですから。
そして、患者さんが訴える症状はたとえば、「とても不安なのです」、「イライラしてしかたがないのです」、「夜眠れなくてつらいのです」、「繰り返し過食して吐いてしまうのです。摂食障害だと思うのですが…」、「最近、学校に行けなくなったのです」、「ずっと不登校が続いていて…」、あるいは 「子供を虐待してしまうのです」 などなど、多彩です。
さらには、「脳神経外科や神経内科で検査してもらって異常はないと言われたのですが、頭痛がなかなか治らずに続いていてつらいのです」、「婦人科で更年期障害の治療を続けているのですが、なかなか良くならなくて…」 など、ほかにもさまざまな訴えが数多くきかれます。

また、失声(声が出なくなる)、記憶喪失(ある期間の記憶がなくなって全然思い出せない)、意識を失って倒れる発作、過呼吸の発作など、何か精神的な異常や神経内科的な異常があるのではないかと考えて受診されます。

さて、これらの訴えは、どのような病気の症状なのでしょうか?
これらの症状(訴え)の多くは、実はほとんどが「うつ病」と「統合失調症」の症状なのです。
うつ病は、「ゆとりがなくなった状態(いっぱいいっぱいの状態)」、「エネルギー切れの状態(疲れ切った状態)」なので、それに関連した不調が心身ともに現れます。また、統合失調症も、ストレスや緊張などから種々の心身の症状をあらわします。
詳しくは うつ病のページ や 統合失調症のページ で説明しますが、ここでは比較的多く訴えられる症状について、いくつか列挙してみましょう。
たとえば、イライラの症状は比較的多いものです。ただし、イライラにもいろいろあります。たとえば、「今までとは違って最近、些細なことでイライラしてしまう」、「イライラ・ソワソワして気持ちも体も落ち着かない」などと訴えます。また、子育て中のお母さんの中には、「子供がいうことを聞いてくれないので、イライラしてつい手を上げてしまいます。自分は児童虐待をしてしまうとんでもない親なのです」、「子供は何も悪くはないのに、イライラしてつい子供に当たってしまうんです」 と自分を責め、なんとかしなければと決意して受診される方もいます。
「今まで人と会うのが大好きだったのに、今は外出するのも人と会うのも億劫で苦痛です」、「対人恐怖を治したい」、「体調が悪いので、いろいろな病院にかかってみましたが、どこでも 『異常ないです』 と言われるばかりです。 『ストレスから来ているのではないか』 とも言われましたが、思い当たることはありません」 と言い、最後の頼みの綱として、メンタルクリニックを受診される方もいます。
あるいは、「先々のことを考えるといろいろ不安になってしまい、自分でもバカなことを考えているなと分ってはいますが、不安でしかたがありません」、そのために 「眠ろうと思って床に就いても、かえって頭が冴えてしまい、寝つけない」、「眠りが浅く夢ばかり見ていて、朝起きても寝た気がしません。ぐっすり眠りたいのです」 などと、眠られないつらさを訴えてる方もいます。うつ病は「心の病気」と思われがちですが、精神症状ばかりではなく、実はいろいろな身体症状を伴います。たとえば、頭痛が続き、「あちこちの脳神経外科を回ってMRIやCT、脳波検査などを受け、どこでも『異常ありません』と言われますが、頭痛が治らなくてとてもつらいのです」 と受診される方もいます。また、体がだるかったり、疲れやすかったり、食欲がなくて体重がぐんぐん減少したり、またときには、逆に過食してしまって体重がどんどん増加してしまったり、とくに若い女性の場合には、過食と嘔吐を繰り返す「摂食障害」の状態に陥ったりする場合もあります。胃腸の調子が悪くなることが多くて、「胃痛や吐き気が続くので、消化器科で胃カメラ検査をしてもらっても異常はなく、『ストレスのせいかもしれないですね』 と言われたので」 と言って受診される場合もあります。また、下痢と便秘を繰り返す、いわゆる 「過敏性腸症候群」 の症状があって内科で治療を受けても改善せず、「外出しようとすると、緊張して下痢することが多いので、もしかしたら精神的なものかと思い、受診しました」 という方もいます。 急に不安感に襲われ、のどが詰まって息ができなくなり、しばしば救急外来を受診してきたけれども一向によくならず、 各科をめぐり歩いた末にメンタルクリニックを受診してみたという方もいます。「過喚起発作」、「過呼吸症候群」、あるいは、「不安発作」、「パニック発作」などの診断をすでに下されていて、「けれども、どこを受診してもなかなか良くならなくて」 という方もいます。また、自律神経系の失調症状を訴える方もいます。たとえば、「このごろ全身が熱くなったり冷たくなったりします」、「暑くもないのに全身に急にじっとりと汗をかくのが不快です」、「布団に入ると足がほてって、とても布団の中に入れておけない。足を布団から出して寝るのですが、とてもつらいのです」 などと訴えます。 動悸や頻脈、不整脈があって循環器科などで心電図や負荷心電図、ホルター心電図、さらには心臓カテーテルの検査なども受けて 「異常はないです」 と言われる方もいます。ときに 「のどから心臓が飛び出しそうなくらいにのど元でドキドキするのです」 と訴えられる方もいます。ほかにも、片頭痛、肩こり、腰痛、関節痛、体や手のふるえなどの訴えがあります。不眠症だけではなくて、「一日中どれほど寝ても寝足りなくて困っています」、「不眠症と診断されましたが、なかなか治らないのです」という方、「摂食障害」、「パニック障害」、「更年期障害」 などと診断されたけれどもなかなか治らないという方など、訴える悩みは実にさまざまです。
 わたしが診察室でしてること。

精神科医は、まず時間をかけて患者さんの訴えに耳を傾けることから、診察を始めます。
ただし、自分で何を言っていいのか混乱している患者さんも少なくありませんし、つらい症状がたくさんありすぎて自分の診察の順番が回ってきたときに言葉を失ってしまう患者さんも少なくありません。ですから、そこはゆっくり時間をかけて、患者さんの訴えをまとめる形で、話を引き出していきます。
また実は、精神科医は患者さんがはじめて診察室に入ってこられたときに、専門家なりの第一印象をもつもので、それが話の端緒として役に立つことも少なくありません。
※ ただし、それはあくまでも単なる第一印象ですから、 それに頼りすぎてしまうと誤診してしまいます。
 
予診的なことを外来看護師さんに診察前に済ませておいてもらうこともありますし、患者さんに同伴してきた家族が 「実は、こういうことで…」 などと、事前の情報を外来の看護師さんに伝えている場合もあります。「失声」 や 「記憶喪失」 のために、自分では症状を訴えられない場合もあり ( それ自体が、そもそも立派な症状ですが… )、 そのような場合には、同伴者から事情を聞き始めます。とはいえ、やはり原則は、まずじっくり時間をかけて患者さん自身の訴えを聴くことです。
ただし、いつまでも訴えを聞いているだけでは的確な診断を下せません。 患者さんの中には 「ようやく自分の訴えを真剣に聞いてくれる医者に出会えた」 と感激するあまりに同じ訴えを何度も何度も繰り返し訴えがちな方もいます。ですから、患者さんがつらいと思っている症状をひととおり聞き終わった後に、患者さん自身はそれが病気と関係あると気づいていない患者さんを取り巻く環境など、病気についてのさまざまな背景について聴いていきます。たとえば、家族構成(家族の年齢、職業、同居の有無など)、近所に住んでいる身内との関係、患者さん自身の生活歴(学校や職業など)も参考になりますから、ひととおり聴いておきます。
※また、診断の役にはあまり立たなくても、その後の治療の経過の中で種々のアドバイスをするときに、患者さんを取り巻く人たちの状況や環境についての知識が役に立つこともあります。
そして、患者さんの 「もともとの性格傾向」 について聴いておくことがとても重要です。 なぜなら、うつ病のページ や 統合失調症のページ でも述べるように、うつ病患者さんにも統合失調症患者さんにも、その性格傾向にはそれぞれにある種の共通した特徴が見られるからです。ただし、ここで注意しておかなければならないのは「もともとうつ病(あるいは統合失調症)になりやすい性格傾向をもっている人が必ずしも皆うつ病(あるいは統合失調症)になる」というわけではないことです。
※ ですから、初診患者さんに事前に「うつ病などの傾向を測る評価リスト」 などを手渡してチェックを入れておいてもらい、その結果をもとに 「うつ病」 などと診断するような 「質問紙による診断方法」 はとても危険です。         
けれども、診断の参考になることは事実ですから、まずは、患者さん自身が考えている自分自身の「もともとの性格傾向」を、患者さんから直接聴くことです。同伴者がいるときは、その人の見方も聴けばとても参考になります。
そのほかにも、必要と思えることは医師から質問しますが、多くの時間を患者さんの悩みや訴えに耳を傾けることに割きます。診断が決まると、患者さんにそれを伝えます。すなわち、どういう診断(病名)であり、どうしてそういう診断がついたのかという根拠を説明し、治療方法を説明します。
多くの場合には薬による治療(詳しくは各疾患のページで説明します)が必要ですから、使おうとしている薬の効果や副作用、あるいは、副作用と思われる症状が出たときの対処のしかた(ふつうは、服薬を中断してもらい、電話連絡をもらいます)などを説明します。         
また、薬による治療と並行して行わなければならない他の治療法、治療期間、日常生活上の注意やアドバイスなどを患者さんの疑問や質問にも答えながら、説明していきます。
そして最後に、次回の診察日(ふつうは一週間以内)を決め、薬物治療を始めるにあたっての基礎データとなる血液検査や尿検査などを行います。
         
 精神科の特徴 〜 身体科との比較で。

精神科専門医としてみなさんに知っておいていただきたい「精神科」の特徴・特殊性について、わたしなりの考え方を一言述べさせてください。
ちょっと乱暴な分け方かもしれませんが、わたしは、診療科(診療科目)はその治療目標によって「精神科」と「身体科(一般科)」の二つに大きく分けられると考えています。すなわち、
(1) 身体科の治療目標 = 肉体的な生命を救うこと。
(2) 精神科の治療目標 = 社会的な生命を救うこと。
という、大雑把な分けかたができると考えています。
身体科の場合、もしその目標を達成できなければ、最終的には「死亡診断書」という形でその結果を突きつけられます。とても分かりやすいですし、だからこそとてもシビアです。
一方、精神科の「社会的生命を救う」という目標は、きちんと守られないことがありました。なにしろ、「社会的な生命を救う」という治療目標は実に漠然としていて曖昧です。診療の結果が厳然たる事実でシビアに突きつけられる「身体科」と違うため、いい加減な対応で済ませられることが少なくないです。医師の病気に対する考え方、人権に対する意識レベル、治療に取り組む姿勢などによって、基準が大きく揺れ動く「曖昧な目標」であり、そこに危険がひそんでいます。
事実、いまだに患者さんの人格をないがしろにして、治療目標を定めないまま漫然と「精神科医療」を行っている精神科医たちも少なくありません。とくにわが国では、欧米諸国に比べてその傾向が強く残っています。とても残念なことです。1980年代に、わが国の精神科医療は激しい国際的非難を浴びました。それは、全国各地の精神病院内で患者さんの人権が無視され、日常茶飯事のように虐待や虐殺などのあまりにもひどい犯罪行為が多発していたためでした。国際的非難を浴びるまで、わが国の「精神科医療」界には、「患者さんの社会的な生命を救うため」という当然の考え方が十分に浸透していませんでした。「精神病患者は病院内に収容・隔離しておくだけでいい。 それで金儲けになる」という考え方が簡単に許されてしまうレベルのものだったのです。人権の無視は結局、患者さんの虐待、そして、虐殺にまで行きついてしまいました。 このことは、医療関係者(とくに医師)一人ひとりが人権意識と治療目標をいつもしっかり持ち続けなければいけないこと、その意識や姿勢が欠けるといかに恐ろしいことが起きてしまうかということを、端的にものがたっています。
さいわい、最近の若い精神科医は、そのような人権意識を研修当初から当たり前のものとして身につけつつあります。社会復帰に向けてのいろいろな取り組みについても、私のような50代の医者が試行錯誤で身につけてきたような知識ではなくて、最初から当たり前のものとして(精神科医療の基本として)考えるトレーニングがされています。

精神科に限らず、すべての診療科において最終的な治療目標は「社会的生命を救う」ことに置かれるべきなのでしょう。どの科においても結局は、人権をもった患者さんに対して医療行為を行うわけですから…。 そして、その立場に立って誠心誠意患者さんの治療に当たったならば、おのずから患者さんが現在置かれている社会的立場やその環境、これまでの経過、家族状況にも目を向けざるを得なくなります。患者さんを取り巻く周囲の人たちの理解や協力を得るための配慮も欠かせません。患者さんが今抱えている病気や障害を治し、あるいは、乗り越えていくために、人間としての自分がどう関われるのか、専門知識をもち、かつ、医療行為を行う資格をもつ自分が、どう対応していけるのか、どんな援助を行うことできるのかを考えることになります。

毎日、多くの患者さんが来院します。一人の患者さんに多くの時間を割くわけにもいきません。 しかし、治療目標がしっかりと定まっている場合、治療のポリシーのようなものをしっかり持っている場合には、実はむやみに多くの時間を割かなくても ( あるいは、割けなくても )、効率のよい治療ができます。じっくり患者さんの話に耳を傾け、必要な情報を的確に得ることができると、結果的に、患者さんを早く良くすることができます。したがって、多くの患者さんの治療に関わることができます。

 精神科医は患者さんから多くを学びます。
     〜うつ病と統合失調症の本質を知り、理解を深めるために〜

わたしは診察室では、できるだけ多くの時間をかけて患者さんの訴えに耳を傾けるように心がけています。患者さんがあまり時間を気にせず自分のつらい症状を話してくれることによって、専門書には書かれていない多くのことがらを患者さんから教えてもらえるからです。 「時間をかけて患者さんの話に耳を傾ける」 のは患者さんのためばかりではなく、精神科医自身のためでもあるのです。
そうすることによって、統合失調症やうつ病の症状は実に多彩であることを知ることができます。それとともに、統合失調症やうつ病が生じるメカニズムはとてもシンプルであることも理解できます。
たとえば、ある患者さんの話に耳を傾けると、その患者さんはつらい症状をいろいろと訴えますが、その中には今までわたしが気にとめていなかった症状や訴えがあるものです。その症状を、別の機会に別な患者さんに問いかけてみます。すると、その患者さんも 「そうです、そうです。そういう症状もあるんです」 と言うでしょう。そのような作業を繰り返していくなかで、うつ病矢統合失調症のことがいろいろと見えてきます。患者さんの一見些細な訴えを聞き逃してしまうことがなくなり、患者さんのそのときの状態をより的確に把握できるようになります。さらに、発病のメカニズムに基づいた的確なアドバイス、より的確な治療を行えるようになります。患者さん自身にも、自分がどのような病気を相手にしていて、自分がどのような状態におかれているのかが見えてきますから、正体不明の、説明不足の(ときには説明のない)病気を相手にしていたときと違って、自分がどんな工夫をすればよいのか理解できるようになります。
そして、 「専門家として何ができるか」というよりも、悩みを抱えて相談に来た患者さんに対して 「専門的な知識を活かしつつ、人間として何ができるか」、 「自分たち(医者ばかりでなく看護師、心理士、精神保健福祉士などの職種を含む自分たちの治療チーム)なら、あるいは、自分の地域なら、どんな支援ができるだろうか」 を考えていくことができるようになります。
なお、患者さんは、良くなるために自分なりのいろいろな工夫をし、その工夫がうまくいったときには、それをわたしに報告してくれます。それをほかの患者さんに話してみます。そのようにして、患者さんはより有効なアドバイスをわたしから手に入れられるようになります。
この立場で患者さんの話を聞いていくと、教科書や専門書などから得られる知識とは量的にみても質的にみても圧倒的に豊かな情報が得られるようになります。なによりも 「病気の本質」 を知ることができます。
※ 「精神医学」 あるいは 「精神病理学」 という分野は、他の科学分野と比べるとまだまだ未発達です。(精神医学や精神病理学が、というよりも、人間の 「精神」、「こころ」 に関する研究がまだまだ未発達です。)
そのような分野においては、教科書からの知識の吸収のほうを重要視しすぎると、 何一つ真実を発見できずに終わってしまいます。教科書から知識を得ようとするのではなくて、自分の臨床経験からのみ、病気に関するほんとうの知識・病気の本質が発見できるのだ、ということを認識しなければなりません。
いま、DSM−4やICD−10による分類方法があまりにも絶対視されすぎています。

DSM−4やICD−10による分類方法をどれほど巧みに吸収しようとも、どれほど正確に吸収しつくそうとも、そのようなアプローチの仕方では病気の本質の解明には永遠に至ることはありません。
真実は(病気の本質は)、自分で見つけるしかありません。

わたしたち臨床医は外来を訪れる患者さんを次々に治療していかなければなりません。
※ TVドラマや映画のなかに出てくるカッコいいドクターたちのゆとりのある、のんびりした仕事のペースは、わたしたち現実の臨床医にとっては無縁、絵空事なのです。
働きづめてはじめてペーするように、厚生労働省はわたしたちの診療報酬額を決めています(ーー;)

したがって、患者さんの話にじっくり耳を傾けることは大切ですが、次の患者さんが診察の順番を待っているわけですから、一人一人の患者さんに割ける時間にはかぎりがあります。
とはいえ、繰り返しになりますが、患者さんの話に注意深くじっくりと耳を傾けることは、病気を理解するための豊かな情報を患者さんたちから教えてもらうことができるという点で、やはり大切なのです。それによって、以前と同じ時間で、あるいは、より短時間で、今までよりもより多くの的確な情報を患者さんから聞き出すことができ、より的確なアドバイス、より的確な治療を患者さんに返せるようになり、診療が効率的に行えるようになります。
ですから、一見矛盾しているように思われますが、患者さんの話をじっくり聞くことは、迅速で的確な診療をするために重要です。
このような患者さんとの共同作業を繰り返しながら、精神科医は知識を増やし、治療テクニックを高めていきます。わたしがそのような外来診療を繰り返すなかで学んできたこと、わたしにとってより良いと思われる治療法・アドバイスを、このホームページの中にまとめました。
多くのうつ病患者さん・統合失調症患者さんが今もなお、他の診断名(「更年期障害」、「自律神経失調症」、「不安神経症」、「対人恐怖」、「パニック障害」、「過呼吸発作」、あるいは 「注意欠陥/多動性障害」、「社会不安障害」、「全般性不安障害」、「外傷後ストレス障害」 などなど)を告げられ、間違った治療、不適切な治療を受けています。また、せっかく 「うつ病」 ないしは 「統合失調症」 という適確な診断を受けたにもかかわらず多くの人が病気に対する誤解によって治療を諦めています。ですから、このホームページを多くの人が読み、統合失調症やうつ病の治しかた・乗り越えかたをより深く理解してくれることを期待しています。

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